大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)861号 判決

上告人

大谷春男

右訴訟代理人弁護士

大江篤弥

被上告人

大谷コイノ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大江篤弥の上告理由第一点ないし第三点及び上告理由末段について。

原審の適法に確定したところによれば、被上告人とその夫大谷春之助は、大正一一年一月ころ訴外杉田由太郎・スエ夫婦間の子として出生した上告人を同年三月一三日引き取って実子同様に養育し、春之助から戸籍上の届出手続の依頼を受けた訴外某が同年九月二二日上告人を春之助・被上告人間の嫡出子として出生届をして、それが受理されたというのである。

所論は、右の場合には嫡出子出生届は養子縁組届として有効と解すべきであるというが、右届出当時施行の民法八四七条、七七五条によれば、養子縁組届は法定の届出によつて効力を生ずるものであり、嫡出子出生届をもつて養子縁組届とみなすことは許されないと解すべきである(最高裁昭和二五年一二月二八日第二小法廷判決・民集四巻一三号七〇一頁参照)。

また、所論は、原判決には旧民法を適用すべき本件出生届に現行民法を適用した違法があるというが、原判決中現行民法七九八条の規定を指摘する部分は、一般論として現行法の解釈に論及したにすぎないと解すべきである。

その余の所論の指摘する原審の判断もすべて正当であつて、その過程に所論の違法はなく、所論指摘の当裁判所の判例は本件に適切でない。

論旨は、採用することができない。

同第四点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)挙示の証拠関係に照らし、正当として是認するに足り、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第五点について。

所論は、春之助と上告人との間に親子関係が存在しない旨の戸籍訂正が行われておらず、また、その旨の確定判決も存在しない以上、本件において右両者間の親子関係が存在しないことを認定判断することは許されない旨を主張する。

しかし、他人の子を嫡出子としてした出生届に基づく戸籍の記載に親子関係の存在を確認した判決と同様の効力があると解すべき根拠はなく、また、親子関係の存否を確認する確定判決が存在しない場合においても、本件のような財産権の帰属をめぐる訴訟において前提問題として親子関係の存否につき認定判断をすることができると解すべきである(最高裁昭和三九年三月六日第二小法廷判決・民集一八巻三号四四六頁、同昭和三九年三月一七日第三小法廷判決・民集一八巻三号四七三頁参照)。所論指摘の当裁判所昭和四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号八六一頁は、所論引用の各判例を変更したものと解すべきではない。

論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)

上告代理人大江篤弥の上告理由

第一点 藁のうえの養子縁組のための出生届の養子縁組届への転換について。

原判決は藁のうえの養子縁組届とみるべき届出である上告人を実子とする嫡出子出生届を縁組届の要式性を強調して、右出生届に養子縁組届の効力を認め無効行為の転換を計るべきであるのにそれを認めなかつた法令の解釈、適用の誤りがある。この違法は原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、原判決は、被上告人と亡春之助とが相談のうえ、生後間もない上告人を大正一一年三月一三日、その実父である門野捨次郎から養子として貰いうけ自分達夫婦の子として育てることとして上告人を引きとり、右春之助が右上告人を「春男」と命名し、同年九月二二日、上告人を嫡出子として出生届をなし、それが受理されて亡大谷春之助の戸籍に同人と被上告人間の長男として記載されたこと、その後亡春之助と被上告人との間で実子同様に育てられ、被上告人夫婦の上告人に対する愛情も深かつたこと、右実子同様の関係は亡春之助とは同人が死亡した昭和三六年一一月一五日迄、被上告人とは同人が家を出た昭和三七年四月三〇日迄続いたことを認定している。

二、前記の藁の上の養子縁組の届出である実子届は、上告人の実の親である門野捨次郎と養父母にあたる戸籍上の実親となるべく被上告人夫婦との間で、出生後間もない上告人を養子とする合意が成立し、且つ養子と養親との間で、社会習俗的観念には嫡出親子関係を創設しようとする合意が成立した。

そして右に対応する届出として上告人を被上告人らの嫡出子である旨の出生届をなしたのである。

従つて右届出はまず真実の親である門野が上告人を被上告人夫婦の養子とする縁組の意思を有しており、それを上告人に代つて代諾し、その上戸籍上の親たるべきものは、上告人を養子とする縁組意思が存在している。

そして養子縁組届に対応する届がなされている。よつて右は実体的には縁組が有効に成立しているとみるべきである。

尚、特に本件縁組は被上告人等夫婦の婚姻届とともになされているので縁組意思が一層明確である。

三、前記の如く他人の子をもらつて自分の実子として養育してゆくために、嫡出子出生届をする場合、当事者間には養親子関係以上の結びつきを形成しようとする合意が存在する。従つて少くとも養親子関係を形成しようとする合意の存在したことは明確である。

また実子と養子とは身分上の地位について大差がなく、養子が実子として戸籍に誤つて記載されても、その弊害は血縁の点だけで、子の保護としての親子関係存在の公示の目的は達成されている。

それ故、本件は当事者間に実質上の養親子関係を形成する旨の合意があり、その合意を届出する目的で、且つその縁組関係を強化する目的で養子を嫡出子として届出したのである。

従つて、被上告人夫婦と上告人との間に法律上の養親子関係が成立したものと解するのが相当である。

四、さらに本件では右のとおり養親子関係の成立が認められるのみならず、その関係の存続も認められる。

即ち、原判決は被上告人夫婦らの上告人に対する情愛はすこぶる深かつたこと、右実子同様の関係が四〇年の長きにわたつて継続していた事実を認定しているから、右養親子関係の存続に十分な実体が継続していた。

従つてこの点からも本件実質上の養子縁組は有効に成立している。

五、次に原判決の指摘する養子縁組の要式性の欠くる点について考察する。

(1) 縁組は要式行為であるのにその要式の縁組の届出がなされていない場合、身分関係の表示につき戸籍上の養親子関係がそのまゝのかたちで示されず、且つ真正な代諾権者の代諾意思の存在が届出に表示されていないから、真実の縁組の意思が存したか否かが不明確で問題となる。

右の届出の形式を欠くとき、その届出がすべて無効となるとするのが原判決の結論であるが、しかし右届出の機能については次のとおり考えられる。

まず、身分行為につき届出という形式が要求される実質的理由は、(イ)当事者間に届出に対応する意思表示のされたこと、(ロ)これを外部に公示しようとする二点に求められる。

本件において当事者の意思として養親子関係を創設する意思があり、届出としてはその実質とは異るが法律上の効力は同じである嫡出子親子関係の届出がなされているから、少くとも養子縁組の意思表示が当事者間にあつたことが確実に認められる。

問題は右届出の形式でありその差異は実親子関係と養親子関係である。

この形式的差異は、右意思表示のされたことの確実性を認めるについての妨げとなるものではない。

さらに公示の機能としては法律上の嫡出子関係の存在を公示する届出がある。この届出の公示の目的である親子関係の存在の公示は養親子関係の公示と共通である。ただ実親子関係には養親子関係とは異り、離縁というものがなく、その他の点では法律的に全く同一の内容を有している。

従つて本件での嫡出子の届出は養子縁組の届出の機能を十分に果し、公示の要求にも欠けるところはない。

尚、血縁の保護の点は無効をもつて対処せずとも戸籍訂正を認めることにより十分対処しうる。

民法が縁組を要式行為であるといつているが、その基本となるものは、あくまでも縁組意思と親子関係が認められるにふさわしい生活事実の存在であつて、届出はたんに前記二つの要請をみたせば足りる従たる要件にすぎないと解される。そこで縁組についても、届出をまつたく欠除している場合は別として、本件のように縁組意思とそれに伴う生活事実が存在し、しかも届出という形式を要する実質的理由が充足されている以上、実体が異るから無効と考えられる嫡出子出生届を養親子縁組届への転換を認め、戸籍訂正をもつて有効にするのが相当である。

第二点 養子縁組の要式性および未成年者間の保護について。

原判決は本件が大正一一年になされた届出であるのにかゝわらず、次のとおり判示している。

即ち、嫡出子出生届に養子縁組届としての効力を認めると、未成年者の保護ないし福祉を目的とし、このため自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合のほかは未成年者を養子とするにつき、家庭裁判所の許可を得ることを要求している民法七九八条の規定を潜脱する結果を招来し、右許可のない未成年者養子の発生を肯定することになり、そのために未成年者の保護に欠ける場合も生じて不都合であると判決している。

右は次の理由で民法七九八条の解釈、適用を誤つた違法がある。

一、民法第七九八条は昭和二三年一月一日から施行された新民法の新設の規定である。本件縁組の行なわれたのは大正一一年で旧民法の時代である。

旧法時代の養子の成立要件は本件にあてはめれば旧法第八四三条及び八四四条により家にある父母の同意にもとづき届出がなされれば縁組が成立し、家庭裁判所の許可は不要であつた。

二、右改正法に基づく民法七九八条は、右のとおり昭和二三年以降施行されたものである。従つて、昭和二三年以降において、未成年者を養子にする場合には家庭裁判所の許可を要するものと考えるが、本件上告人の出生届は右改正前の大正一一年になされたもので、右民法改正時には上告人は二七才に達しており、即ち、既に成年に達していたものであり、右法第七九八条の規定の適用の有無は起る余地のないものと解される。

三、本件では大正一一年に縁組が成立し、昭和二三年頃には上告人は成年に達しているから、本件縁組は完全に有効に成立していた。

民法施行附則第四条により新法施行後も右の効力は左右されない。

四、しかるに原判決は、改正法に基づく民法七九八条を本件上告人に直ちに適用し、適用時法と行為時法とをかれこれ混同して適用した違法がある。

五、更に、原判決は前述のとおり未成年者の保護を強調しておきながら、虚偽の届出をされた未成年者に対する救済に思いを至さず、本件の当事者の意思によれば有効な縁組をし、より一層強力な届出をし親子関係は完全に有効と思慮し、四〇年間もそれにもとづく生活を継続した既成の社会的事実を、ただ誤つた届出という形式的根拠にもとづき一切を無効として処理することは未成年者の保護を目的とする法の目的を達成しようとしてかえつて未成年者の保護に欠ける場合を生ぜしめる。

右の点を十分考慮せず、民法七九八条を適用したことは法の解釈、適用を誤り、且つ右未成年者の保護についての判断を遺脱した違法がある。

第三点 養子縁組届にかわる出生届に対する親子関係不存在確認の訴の効力と性質について。

一、前述のとおり、本件上告人の出生届に養子縁組の転換を認め、上告人と被上告人夫婦との間に四〇年間も養親子関係が継続していたことと解すると原判決事実摘示のとおり、被上告人は別訴で昭和三九年頃上告人を相手に被上告人と上告人との間に親子関係不存在確認の訴を提起し、右は認容されて昭和四三年三月頃確定している。

そこで右養子縁組を認めた後の右被上告人の訴の判決の効果をどのように解釈すべきか問題となる。

右被上告人の親子関係不存在確認の訴は、被上告人が戸籍上母となつていたので、訴の形式として親子関係不存在確認の訴の提起という方法をとつたもので、右訴は実質的には離縁の請求の訴と解すべきものである。

従つて右親子関係不存在の訴の判決の効力は右判決の確定した昭和四三年三月二一日に前記養親子関係の離縁の効果を有するものと解すべきである。

二、しかるとき上告人と亡春之助並びに被上告人間の養親子関係は本件係争の相続が開始した当時は存在した。

従つて、上告人は被上告人とともに亡春之助の共同相続人として相続した。

右効力を認めない原判決は、前記出生届に養親子縁組の効力を認めない誤びゆうを犯し、そのうえに上告人の相続権を否定したものであつて、法令の解釈、適用を誤つていることが明らかである。

第四点 離縁における「悪意の遺棄」について。

原判決は、成年に達し、共同で生活する必要のない上告人である養子と被上告人である養親との関係についての「悪意の遺棄の概念」を誤り、悪意の遺棄に当らない事実をもつて、悪意の遺棄と認定した事実誤認と判決に影響を及ぼす法令の適用の誤りがある。即ち、

一、原判決は事実認定において、上告人と被上告人との関係は右亡春之助が昭和三六年一一月一五日病死した後、そのマーケット経営の計画を上告人と被上告人等がひきついだが、結局失敗し訴外具足某にその債務の肩代りにマーケットの土地、建物を譲つたこと、上告人がマーケットの債務の肩代りに被上告人名義の土地を具足に譲つたことで決定的に悪くなり、被上告人が具足にその土地の移転登記を拒んだため、昭和三七年四月三〇日頃、上告人から追い出されるようにして本件家屋を出ていつたと認定して、右は民法八一四条にあてはめていえば被上告人が上告人から「悪意で遺棄された」ものであると判断している。

二、しかしながら、民法八一四条の「悪意の遺棄」の概念は扶養義務違反であり、且つ現代における個人の尊厳を前提とし、合理的な親子関係として要請される程度の精神的共同生活並びに精神的つながりを理由なく破毀することである。

ところが原判決は、右被上告人が家を追い出された事実から直ちに上告人の悪意の遺棄を認定している。

しかし、右別居生活にいたつた理由が成人した親子の間柄で双方の有する生活意識を如何に調節しても、平穏に共同生活が出来ない事情に基づくものであるとき別居生活も止むを得ないのであるから、その別居に至る動機が右認定の事実のとおりであつても悪意の遺棄に当らず、右共同生活が出来ない事情を十分審理をすることなく、直ちに悪意の遺棄と認定したことは法令適用の誤りであり審理不尽の事実の誤認である。

第五点 上告人と被上告人間の親子関係不存在確認の訴の理由中の判断が、本件前提問題である亡春之助と上告人との間の親子関係不存在の判断に影響を及ぼすものでなく、別に亡春之助と上告人間の親子関係不存在の確認の訴の確定判決が必要とされることについて。

(最高裁判例昭和四五・七・一五の判例について)

一、上告人と被上告人間の前記親子関係不存在確認の確定判決は、理由中に上告人と亡春之助の親子関係不存在を判断しているのみであるから、亡春之助と上告人との間に親子関係が存在しない旨の既判力は生じない。

従つて本件訴の前提問題の親子関係は既判力の有する判決に基づく身分関係の判決により対世力が生じた後にしか他の判決の前提とならないものである。

原判決は亡春之助と上告人との間にいまだ親子関係がないという戸籍訂正も行われず、又確定判決もないのに、右判決理由中の判断に従い親子関係がないと判断し上告人の相続権を否定したことは、法令の解釈、適用の誤りがある。特に最高裁昭和四五年七月一五日付判決で、検察官を相手に親子関係不存在確認の訴を提起できると認めたことは身分関係については対世的効力のある判決に基づく戸籍訂正により身分の公示をなし、それに基づき画一的に処理すべきであることを認めたもので、個々の訴において前提問題として実体的審理をなしえない問題である。

それを原判決は無視して独自に判断しえない身分関係をほしいままに判断して判決した違法がある。

以上何れによるも原判決は最高裁昭和二七年一〇月三日判決及び最高裁昭和三九年九月八日の判決、東京高裁昭和四三年二月二七日判決の判旨に反し、且つ今日の学説の大勢にも反するもので、藁の上の養子の基本的人権を認めるためにも破棄は免れず、原判決破棄のうえ自判又は原審差戻しの措置あらんことを期待する。

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